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「未来少年コナン」は何故こんなに面白いのか? 考察その3

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「未来少年コナン」は、2020年5月よりNHKで再放送され、Twitterでトレンド入りするなど、再注目されています。

最初に放映された1978年から40年以上の歳月が経つにもかかわらず、色あせない魅力はどこにあるのか。

考察1ではあらすじを、考察2ではサブキャラクターに焦点を当てて述べてきました。

今回は、描写と動きについて触れたいと思います。

(以下、ネタバレ注意です。)

 

心を動かされる描写

「未来少年コナン」は、ストーリー展開とは直接関係のないところの描写が、上手いと思います。

名言といわれるようなセリフがなくても、その情景で視聴者を満足させてくれます。


たとえば、第8話「逃亡」で、コナンがラナとの出会いを再現するシーンです。

このシーンの前、コナンとラナは海底に沈み、あなや助からぬかという危機に陥りました。

しかし、ラナの懸命な救助とコナンの人並外れた身体能力で、二人は危機を脱したのでした。

浜になんとか到着したコナンは、板切れを持って、ラナに話しかけます。

コナン「どうしてそんなところで寝ているの。ひょっとすると、前にも一度そうやって寝ていたでしょ。よほど浜で寝るのが好きなんですね」

出会いの再現の後、コナンとラナは、海底で二人の気持ちが通じ合ったことを認めるのでした。

 

もし、ストーリーの展開を進めることだけが目的であれば、二人の出会いを再現するシーンは不要です。

しかし、極端な話、ストーリーの進行だけでは、それは物語ではなく、ただのあらすじです。それでは視聴者の心が動きません。

漫画を原作にしたアニメでは、時折、作成の都合上、大幅な省略がされ、視聴者から「展開早すぎ」「切りすぎ」などの感想が寄せられることがあります。

それは、視聴者の気持ちが、展開の早さについていけてないからです。

 

このシーン、コナンとラナの目をよく見てみてください。

二人は抱擁を交わすなどしていませんが、幸せに満ちあふれていることがわかります。

また、コナンが「のこされ島」でのラナとの出会いを思い出したのは、「おじい」の遺言「仲間と生きることのよさ」を改めて感じたからではないでしょうか。

おじい「コナン。これからおまえは一人で生きていかなければならない。だがな。人間は一人では生きてはいけない。いや、一人で生きてはならないのだ。おまえには仲間が必要だ」

 

また、このシーンでは、1話回想シーンがあるため、1話の「ブスラナ」っぷりがわかってしまします…。 

 

他にも、視聴者の心が動かされるシーンが数多くあります

たとえば、ルーケの父の顔が、「おじい」に瓜二つであることです。
別に違う顔でも、物語の進行には問題ありません。
でも、同じ顔であることで、様々なことを視聴者に感じさせます。

たとえば、コナンが「おじい」を失った悲しみを忘れていないこと、たとえ今日出会った人でも、それは誰かにとっての「おじい」であり、蔑ろにはできないことなど。

 

「未来少年コナン」は、セリフがなくても伝わってくるものがあります

それは、宮崎駿のインタビューからも読み取れるように、制作に際し宮崎駿が意図していたものであるようです。

 反対に、キャラが暴れ始めたらセリフはいらない。セリフで説明せずに済ませられるのが1番いいのです。『コナン』でも、ここでこういうセリフをいわせたい、というのはたくさんありました。ラオ博士なんか、しゃべらせたらいくらでも演説しますよ。けれどもあえていわせませんでした。
 チャップリンのモダンタイムズなどがいい例。セリフがなくとも感情が伝わってくるでしょう。見ているうちに、次第にわかってくるというのが本当です。

(「Conan world 基本設計~宮崎駿・作品設計考」宮崎駿のインタビューより引用)

「Conan world 基本設計~宮崎駿・作品設計考」のインタビューは、こちらから読めます。

www.ghibli.jp

 

動きがすごい

動きがすごいのは、見ればわかると思います

たとえば、コナンの足の動きの独自性は、人の動きをさらに自由に、ユニークなものにしています。


動きがすごいシーンの中でも、とくに印象に残っているのは、第25話「インダストリアの最期」のコナンとレプカの一対一の戦いです。


レプカは大悪党なので、殺さないといけません。

一回死んだと思ったのに、実は生きていてギガントを復活させるなんて、救いようの無い奴です。


しかし、コナンは子ども向けの物語のヒーロー。

たとえば、コナンがレプカを銛でぶっ刺して殺してしまうのは、剣呑です。


では、直接、手を下さずにどうやって悪党を滅ぼすのか?
その答えが、第25話にあります(絵なしに説明するのが大変なので、説明省略です)。

 

また、動きの話とは関係なくなりますが、その後もシーンも目が離せません。

脱出ポットから落ちそうになったレプカに手を差し伸べるコナン。

しかし、芥川龍之介『蜘蛛の糸』のカンダタのように、手が離れ、落ちていくレプカ。

そのとき、一瞬、無音の瞬間があります。

 

集中が高まるとき、周りの音が聞こえなくなるというのは、経験としてあることですが、それを効果的に使っているなと思うシーンです。

音が消える演出は、「魔女の宅急便」のトンボ救出シーンでもあります。

 

「未来少年コナン」は、漫画がセリフや静止画で魅せるコンテンツであるのに対し、アニメは動きや音で魅せるコンテンツだということを改めて教えてくれる作品だと思います。

 

まだまだ続く

あらすじ・キャラ・描写・動き、どれもが素晴らしい「未来少年コナン」。

作画だけでも、キャラだけでもなく、すべてがよいから名作なのです。

考察1より長く述べてきましたが、実は、まだ語っていない魅力があります。

それは、「未来少年コナン」の思想性、世界観です。

次回、考察その4で話していこうと思います。ぜひ、お付き合いください。 

 

↓【未来少年コナン・考察4】世界観と思想性について。

www.yoriyoihibiwo.com

 

●原作本● 

絶版&昨今の人気っぷりもあってか、約10,000円という中古価格です。

そのうち復刊されるかもしれませんし、まずは近隣の図書館を探してみるといいと思います。意外とあります。