群ようこ『パンとスープとネコ日和』(角川春樹事務所)を読んだ感想です。
Amazonプライムビデオで、ドラマを観てハマり、原作の本を手に取りました。
ちなみに、他の似た感じの映画だと、「かもめ食堂」「めがね」「リトル・フォレスト」とかが好きです。
美味しそうな食事がでて、丁寧な暮らしが淡々と描かれている映画といいましょうか。
『パンとスープとネコ日和』に話を戻しますと、原作の本はドラマとは色々違いました。
ドラマ版は、「きれいに」作っているのだなと思いました。
(以下、『パンとスープとネコ日和』の書籍・ドラマのネタバレがあります。)
原作とドラマでの登場人物の違い
まず、登場人物の設定の違いについて。
たとえば、ドラマで、主人公のアキコが、自伝の執筆を依頼していた「先生」って、いつもはどんな本を書いているのか説明がなかったように思います。
原作では、レシピ本を出していて、人気となり、調理学校の校長になっていることがわかります。
他には、ドラマでは、しまちゃんを、モデルの伽奈さんが演じられています。
長身でボーイッシュな見た目、誠実そうな感じが、はまり役だなと思います。
原作のしまちゃんは、ゴルフの不動裕理選手に似ていると形容され、モデルの伽奈さんとはイメージが異なります。
また、もたいまさこさん演じるママの喫茶店で働く店員は、原作では、佐々木希似で、カラコン・つけまつげに盛り髪の派手な恰好の女性です。
原作では、その佐々木希似の女性が、しまちゃんと絡む描写はありません。
他には、アキコの異母兄弟の住職が加瀬亮さんほど若くなかったり、アキコが飼っていた猫のたろが死んでしまったりします。
ドラマは「きれい」で、原作はより現実的。
ドラマを観たときは、アキコは何か事件が起きても、あまり動じない人のように感じました。
作中では、アキコにとって、大きな意味を持つであろう出来事がいくつも起きます。
母の死、長年勤めていた出版社を退職、開業、たろがいなくなってしまうこと、異母兄弟との出会い。
常連のおじさんたちの心配をよそに、アキコは淡々と日々を過ごしているように感じました。
原作では、それぞれの事件に対するアキコの心情が細かく描かれていて、ドラマのアキコとは違う印象を持ちました。
原作のアキコは、お店のコンセプトについて悩んだり、人から言われた言葉を気にして考えていたりする様子があり、「動じない人」ではありません。
とくに、原作とドラマで大きく異なるところ。
それは、ドラマでは「失踪した」というふうに描かれていた猫のたろが、原作では死んでしまったことでしょう。
たろの急な死によって、アキコは取り乱し、悲しみに暮れる日々を送ります。
原作とドラマでは、他にもアキコを取り巻く人々の描かれ方に違いがあります。
原作では、周囲の人々の悪意や醜さが、原作よりも強く描かれています。
たとえば、アキコの母のお店の常連さんたちの無理解な言葉や、アキコの店に対するインターネット上での悪口など。
ドラマより原作のほうが、周囲の風当たりが強い感じです。
これは私の推測ですが、ドラマは、より気楽に観られるように、たろの死や毒の強いことを言う人々をあえて登場させなかったのだと思います。
そのことによって、私はドラマを楽しく観ることができたわけですが、原作を読むと、葛藤するアキコの姿はより現実的に感じられます。
原作とドラマ、それぞれのよさがあると思います。
あたたかい気持ちにさせてくれるもの
昔、堀辰雄だったか福永武彦だったか、批評家に「あなたの作品には、悪い人は出てこなくて善意の人しかいないからリアルではない」というようなことで批判された小説家がいたように思います(だいぶ、あやふやな記憶ですが)。
主人公の周囲に善意の人しかいないのは、リアルから遠ざかるのだろうか?と考えたとき、必ずしもそうとは言えないように思います。
物語が始まる前から、主人公自らが善意の人との関係を望み、悪意の人を排除済みのことだってあると思うのです。
しかし、飲食店などの客商売ではお客さんを選べませんから、とんでもない客が来ることもあります。
だからといって、嫌な客が来るストーリーを観たいかというと、私はそうではなくて、もっとゆるゆると、のほほんとしたものが観たいと思うのです。
パンとスープと猫のように、あたたかい気持ちにさせてくれるストーリーを自分が求めているのだと気づきました。
若いときには、激しい葛藤に主人公が苦しむドラマが好きだったのに、今の自分がこうなのは、人間の嫌なところを十分見たからなのか、それとも、「のほほん」を楽しむ心のゆとりがあるからなのか。どちらなのかなと思います。