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『ケーキの切れない非行少年たち』と小学生の連続放火事件のこと

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宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)を読みました。

以前から、Twitterなどで話題となっている新書ということで、手に取りました。

帯によると「20万部突破」とのこと。

 

読んでいて、子どもの頃、近所で起きた「小学生による連続放火事件」を思い出したので、そのことを書こうと思います。

ざっくりとした内容

著者は、児童精神科医。

著者は、少年院で非行少年と接する中で、「ケーキを等分に切る」「簡単な図形を写す」といったことができない者が多いことに気がつく。

それは、見る力、聞く力、想像する力などの認知機能が弱い者が多いためだ。

そのような非行少年に、反省することを強いても、こちらが伝えたいことをきちんと理解できない「反省以前の問題」が起きてしまう。

また、その後の少年の生活においても、認知機能は重要である。

では、認知機能を向上させるためにどうすればよいのか、非行を未然に防ぐ方法はないのか、ということが本書には書かれています。

 

小学生による連続放火事件

『ケーキの切れない非行少年たち』を読んで、私は、子どもの頃に近所で起きた「小学生による連続放火事件」を思い出しました。

以下は、私の記憶・憶測に基づくものなので、正確ではないところがあるかもしれません。

 

私が小学校高学年のとき、近所で連続放火事件がありました。

 

一番最初に起きた火事は、早い段階で消火されました。

火の気のないところでの出火だったため、「放火の疑いがある」と報道されていました。

 

 

翌週、同じ曜日に、また近所で家事がありました。

けが人はいませんでしたが、民家が全焼。

私の部屋の窓からも、大きな煙と消火にあたる消防車が見えました。

 

今回も「放火の疑い」という報道がされました。

そして、同じ曜日に連続して放火があったので、さらに翌週も同じ曜日に放火があるのではないかという噂がありました。

私は小学生だったので、自分の家が燃えないか、そのことばかりが心配でした。

 

 

その翌週の同じ曜日に、違う民家に放火しようとしていた犯人を、警察官が補導しました。

逮捕ではなく、「補導」なのは、連続放火事件の犯人が小学生だったからです。

 

犯人は、私と同じ小学校に通う児童(以下、「A」とします)でした。

 

私はAと違う学年でしたが、Aを知っていました。

話したことはありませんでした。

 

Aは、たいてい険しい、にらんでいるような表情をしていました。

また、Aは、小学生にはあまり見られない、特徴的な髪型をしていました(意図的にぼやかして表現しています)。

あるときから補助の先生が、Aの隣につくようになりました。

私は、Aに何か問題があるんだろうな、あまり関わり合いになりたくないなと思っていました。

 

Aは、犯人が補導された日から、学校からいなくなりました。

おそらく更生施設へ行ったのでしょう。

 

 

けが人はいなかったとはいえ、この連続放火事件はニュースになりました。

ニュースには、当時の小学校の校長先生が出ていました。

テレビの中で、校長先生は、「事件を起こした児童は、明るい子で、とても事件を起こすようには思わなかった」というようなことを話していました。

 

私には、Aが元から問題のある児童のように見えたので、校長先生の発言に違和感があり、今でも覚えています。

 

 

また、クラスでは、担任の教師が、1コマ使って、この事件のことを話しました。

私のクラスの担任は、「Aは、遊ぶ友達がいなくて、親も家にいなくて、寂しくて、放火なんてやってしまったそうだ。放火はいけないことだけど、Aもかわいそうな子だ」というようなことを話していました。

最後に、先生が、クラスメイトに意見をきいたとき、多くのクラスメイトが「放火はいけないことだけど、Aが戻ってきたら一緒に遊んであげたい」というような話をしていました。

 

私は、先生やクラスメイトが話すことと、自分が思うことは、何か違うなと思いながらも、その時は、言語化することはできずにいました。

 

あの大きな煙を見て、次は自分の家が放火されてしまうかもしれないと怯えていた私は、放火を「寂しかった」なんて理由で正当化できない問題だと思ったのです。

実際に、被害にあった人にとっては、もっと深刻な問題です。

 

 

なぜ、Aは放火事件なんて起こしてしまったのでしょう。

寂しくても放火をしない子どもなんて、沢山います。

Aの髪型から、私はAの家庭環境はよくなかったのかなと思うこともありました。

『ケーキの切れない非行少年たち』を読むと、Aもケーキを等分に切れない子だったのだろうかとも思います。

なぜいつも険しい顔をしていたのか、なぜいつも先生が隣にいたのか、今では知ることができません。

 

 

私は、その後、Aがどうなったのか知りません。

随分、昔のことですから、更生して、どこかで普通に生活しているといいなと思います。

 

家庭が悪かったとしても…

未成年の犯罪が起きると、報道でも、私個人も、非行少年の家庭環境に原因を見出しがちだと思います。

勿論、家庭環境が悪いと、道徳観が乏しい子に育ってしまったり、怒りや悲しみから非行に走るということもあるでしょう。

 

ただ、あからさまな虐待でもない限り、行政は家庭に介入できません。

でも、子どもが学校にさえ来てくれていれば、教育をすることはできる。

 

『ケーキの切れない非行少年たち』を読んで、小学校での教育は、英語を話せる能力やプログラミングができる能力を育てることよりも、まずは、認識する能力という基本を育てることが、大切だと思いました。

 

学習の基本でつまづいてしまった子どもに、早い段階で気づき、いかに救うのかということが、非行の防止に重要なのだと思います。