Twitterで、スポーツ競技とトランスジェンダーに関する動画を知りました。
動画『女子スポーツの終わり』を訳してみた。セリナ・ソールはコネチカット州の高校の部でトップ5に入る女子短距離走者だった。生物学的な男子と競うようになるまでは。女子はレースに負けるだけでなく、大会に参加する機会まで奪われようとしている。どうすればいいのか?https://t.co/phSUyHccjh pic.twitter.com/WA6eGxM83g
— tarafuku10 (@tarafuku10) November 23, 2020
YouTubeに公開されている『The End of Women's Sports』という動画です。
コネチカット州の陸上大会高校生女子の部で、1位、2位をトランスジェンダーの選手(元男性で、現在は女性)が獲得したことをきっかけに配信されているものです。
問題点は、「性自認が女性で身体的な性が男性の選手が、女性の試合に出ることは、公平なんだろうか?」ということです。
男女の身体的能力の差
男女の身体的な能力の差というものはあって、だからこそ、男女別にスポーツ競技は行われているのだと、私は思っていました。
男女の記録が同じくらいであれば、一緒に陸上競技をしたっていいわけです。
他方、馬術競技は、男女差が気にならないスポーツのため、オリンピックでは男女の区別がありません。
「スポーツ競技は、一部の例外を除き、男女別で当然。だって身体能力差があるんだもの」と思っていた私は、最初、この動画の内容に驚きました。
新記録でまくるんじゃないか?
男女の身体的な能力の差は、世界記録にも表れています。
たとえば、100m競走の世界記録は、
【男子】9秒58(ウサイン・ボルト)
【女子】10秒49(フローレンス・ジョイナー)
です。
大きな差があります。
男子高校生の100m競走の日本記録を調べてみると、10秒01。
もし、この男子高校生のレベルの選手がトランスジェンダーだからと女子の部に出場したら、高校大会で女子の世界新記録が出ることでしょう。
それって、なんかおかしくない?と思ってしまうのです(動画『The End of Women's Sports』でも同じトピックが取り上げられています)。
元男性の女子選手たちが世界新記録を取ったところで、なんだか、もやっとしてしまうのは、私だけでしょうか?
一方で男子選手として出るのも…
では、元男性の女子選手は、男子選手として出場すべきだと思うかというと、それもどうなのだろうと思ってしまいます。
元男性だったとしても、ホルモン治療によって身体が女性に近くなった選手が男子選手として出場するのは、それはそれでハンデがあるんじゃないかと思うのです。
オリンピックでは、MtF選手(元男性で現在女性)は、
- 性自認が女性であること
- その宣言を4年間変更しないこと
- 出場前の少なくとも1年間、1リットルあたり10 nmol/L未満のテストステロンレベルを示すこと
を条件として、女性選手として出場できるそうです。
今のところ、トランスジェンダーだと公言する選手が、オリンピックに出場した例はないようです。
オリンピック以外の国際大会では、MtFの重量挙げ選手が金メダルを受賞しているようなので、近い将来、オリンピックにもトランスジェンダーの選手が出場するかもしれません。
オリンピックの基準については、直近のテストステロンの数値だけで、肉体的な性差は縮まったといえるのか?という批判もあるようです。
MtF選手にしてみれば、どんなにがんばったところで、「元男性だからね」とケチがつくのはかわいそうだなと思います。
先ほど紹介した動画『The End of Women's Sports』を発信しているセリナ・ソールのように、体も心も女性の女子選手にしてみれば、MtF選手の活躍に、歯がゆい思いが生まれるのではないかと思います。
女子スポーツの限界?
Twitterを見ていると、「男女のほかに、トランスジェンダーの部を作ればいい」なんて意見も見かけます。
その案だと、競技人口どうなるんだろう…と思います。
結局、オリンピックのように、なんらかの基準を設けて、MtF選手の女子の部への出場を認めるというのが、現実的な対処法なのかなと思います。
基準についてはよく研究がなされるべきで、公平性を保つ基準が難しいのなら、肉体的な性で出場するほうがまだましなのかもしれないなと思います。
ただ、何をもって「公平」とするのか、かなり難しいんじゃないかと思います。
肉体が女性でも、テストステロンレベルが通常の女性よりも高い人もいます。
あるMtF選手の身長の高さが、他の女子選手より明らかに高く、そのことで競技が有利になったとしても、世界中を探せば同じ身長の女性はいるかもしれません。
スポーツは、一定の公平性を保つことで成り立っています。公平を保つために、競技ルールの順守、薬や道具の規制が行われます。
公平であるという前提がなくなると、スポーツの価値が損なわれてしまうように思います。
トランスジェンダーとスポーツの問題は、女子スポーツの今後のためにもよく議論・研究されるべき問題だと思います。