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出産は一方的な行為「産まれてこなければ…」(+反出生主義の書籍紹介)

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今回は、妊娠・出産は一方的な行為であること、「産まれてこなければ、よかった」という気持ちについて書こうと思います。

後半では、反出生主義の本を数冊紹介します。

 

あなたは、目の前のスイッチを押せば、自分が産まれてくるのを過去に遡って阻止できるとしたら、押しますか?

(以下、ネガティブな話、ややグロテスクな話があります。)

 

妊娠・出産は、一方的なもの

妊娠・出産は、子どもの許可を得ずに、親が生命を子どもに与えるという、一方的な行為だと思います。

 

数年前に、「赤ちゃんは、お空の上から、自分のパパとママを選んで産まれてくる」という都市伝説が流行したことがありました。

あなたは信じますか?

 

私はこの説を唱える人に、「虐待にあっている子、貧困でご飯を満足に食べられない子、不妊で辛い思いをしている夫婦、障害の可能性があるからと中絶を選択した夫婦を前に、この説を言うことができるの?」と言ってみたいところです。

もし、親を選べていたのなら、多くの人が、ビル・ゲイツの子どもになったんじゃないかと思います。

魂の質を上げるとか、人間はそんな高尚な生き物ばかりではないです。

 

赤ちゃんは、自分が産まれることを了承することはできません。

 

妊娠・出産は、受け手によっては「暴力」では?

でも、河童の出産は違うようです。

勿論、フィクションの話ですが、芥川龍之介『河童』にこんな話があります。

ややグロテスクな話です。あとで要約するので、引用部分は読み飛ばしても大丈夫です。

(前略)河童もお産をする時には我々人間と同じことです。やはり医者や産婆などの助けを借りてお産をするのです。けれどもお産をするとなると、父親は電話でもかけるやうに母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生れて来るかどうか、よく考へた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです。バツグもやはり膝をつきながら、何度も繰り返してかう言ひました。それからテエブルの上にあつた消毒用の水薬で嗽(うがひ)をしました。すると細君の腹の中の子は多少気兼でもしてゐると見え、かう小声に返事をしました。
「僕は生れたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでも大へんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じてゐますから。」
 バツグはこの返事を聞いた時、てれたやうに頭を掻いてゐました。が、そこにゐ合せた産婆は忽ち細君の生殖器へ太い硝子の管を突きこみ、何か液体を注射しました。すると細君はほつとしたやうに太い息を洩らしました。同時に又今まで大きかつた腹は水素瓦斯を抜いた風船のやうにへたへたと縮んでしまひました。

(芥川龍之介『河童』青空文庫より引用)

 

要約すると、河童は産まれてくる前に、父親に「この世に産まれたいかどうか?」を尋ねられます。

そして、胎児が「産まれたくない」と答えると、産婆によって、産まれる前に殺されます。

 

芥川の『河童』では、河童の赤ちゃんは、産まれてくるか否かを選択できます。

でも、現実の人間の赤ちゃんは、産まれてくるか否かを選択できません。

 

妊娠・出産という行為は、相手(赤ちゃん)の意志を確認せずに行う、一方的な行為です。

 

たとえば、一方的な行為としてのプレゼント。

5歳の男の子に、カエルをプレゼントしたら、喜ばれることもあるでしょう。

40歳の女の人に、カエルをプレゼントしたら、だいたいは喜ばれないでしょう。

同じ行為でも、受け手によって、喜ばれたり、喜ばれなかったりします。

 

妊娠・出産も、一方的な行為で、受け手(赤ちゃん)の意志に反するものであるのなら、「暴力」といえるのではないか、と私は思います。

 

反論があるとすれば

この問題の反論としては、産まれてくる赤ちゃんのほとんどが、生きようと懸命に産まれてくるということでしょうか。

産まれて早々に鬱状態で、自殺しようとする赤ちゃんなんていません。

 

でも、ある程度の年齢になると、「産まれてこなければよかった。産まれてこなければ、こんな苦しい思いをせずに済んだのに。無意味な人生を送らずに済んだのに」と、顧みる人もいるかと思います。

 

もし、目の前にスイッチがあって、そのスイッチを押せば、自分が産まれてくるのを過去に遡って阻止できるとしたら、押しますか?

 

私は連打してしまうかもしれません。

そういう人間なので、妊娠・出産にためらいがありました。

 

たとえ、人生に楽しいことが多かったとしても、いつかは死にます。

そうしたときに、人生の意味って何なんだろうと思います。

無意味なら、最初から産まなくていいんじゃないか。

結局、赤ちゃんが欲しいという親のエゴから産まれただけの存在に過ぎないのではないか。

と考えてしまいます。

 

反出生主義を知る

以上のようなことを考えていた私は、しばらく、このようなことを考えているのは、芥川龍之介と鬱病の人と自分だけなのかしらと思っていました。

 

しかし、昨年、書店で「反出生主義」というワードを目にして、この問題が哲学・思想分野で取り上げられていることを知りました。

「反出生主義」とは、文字通り、 子どもを産むことに対して否定的な立場のことです。

 

ここからは、反出生主義へ理解を深めることができそうな書籍の紹介です。

 

まずは、これというか、これしかない一冊

私は反出生主義という言葉を知ったのは、この本『現代思想 2019年11月号 特集=反出生主義を考える ―「生まれてこない方が良かった」という思想―』(青土社)によってです。

 

表紙を見て、すぐに買って読みました。

数名の論考がまとまった雑誌で、「私でも読める!」というものと、「いやー、やっぱり思想は難しい…」というものが、ありました。

おそらく、今、反出生主義について日本語で書かれている本では、これが一番じゃない(他が無いから)かと思います。

 

読みたいが、買えないでいる本

『現代思想』を読んで、反出生主義の擁護派としては、デイヴィッド・ベネターが有名ということを知りました。

こちらの本『生まれてこないほうが良かったー存在してしまうことの害悪』(すずさわ書店)が、デイヴィッド・ベネターの代表的な著書です。

2017年発刊のこの本ですが、私が手に入れようとしたときには、品薄で、定価より高い金額で売られているような状態でした。

 

まだ、手にできていませんが、読みたいなと思い続けています。

→その後、楽天から取り寄せたら、数日で届きました! 定価で買えました。  

 

反出生主義よりさらに広く「ペシミズム」

Amazonで「反出生主義」を検索すると、大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに 最強のペシミスト・シオランの思想』(星海社新書)が、検索結果にあります。

こちらは、三省堂で、新書なのに「灰色のカバー×イラスト」ということで気になり、手に取りました。

「内容が暗い! うん、私向けだ!」と、購入し、読みました。

 

内容は、著者・大谷崇氏が、エミール・シオラン(1911年-1995年)というルーマニアの思想家の思想を紹介しているものです。

 

反出生主義について言及されているページもありますが、それは一部です。

シオランは「ペシミストたちの王」と呼ばれた人で、人生のむなしさ、病気、憎悪、怠惰、自殺などなど、さまざまな事柄を悲観的にとらえていることが、紹介されています。

ただ、人生のむなしさなど反出生主義にもつながる問題ですから、読んで無意味という訳ではないと思います。

 

やっぱり、文学のジャンルなら

上記で紹介した本は、やはり思想なので、どこかとっつきにくい感じがあります。

文学の面から、反出生主義について考えるなら、先にも紹介した芥川龍之介『河童』がおすすめです。

ネタバレしたくないので深く書きませんが、河童の出産で提起された「出生の問題」は、物語の結末にも再登場します。

芥川龍之介『河童』は、いろいろな出版社から本がでていますが、とくに、この新潮文庫は、『或阿呆の一生』とセットになっているので、特におすすめです。

『或阿呆の一生』は、芥川の自殺後に見つかった遺作です。『河童』とあわせて読みたい作品だと思います。

 

 

長々と、妊娠は一方的な行為であること、反出生主義の書籍の紹介を書いてきました。

 

次回は、子どもを産みたくなかった理由について、私の狭い人間関係の中での人間観察して感じたことについて書こうかと思います。

 

ちなみに、私は現在、妊娠中です。

最終的には、なぜ、反出生主義だったのに、妊娠することを決めたのかを書こうと思います。

よかったら、お付き合いください。

 

↓つづきの記事。子なし夫婦のほうが、幸せがわかりやすいという話です。

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↓前回の記事。中学生の頃から、子どもを産みたくなかったと考えていた理由について書いています。

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