現在、妊娠中の私。
この妊娠は予定外ではなく、意図したものです。
でも、私は長らく、「子どもを産みたくない」と思っていました。
私が子どもを産みたくなかった理由について、今回は書こうと思います。
(以降、ネガティブな話が続きます。)
いつから子どもが産みたくなかったのか?
「子どもを産みたくない」と思ったのは、いつからだろうと考えてみると、遅くとも中学生の頃には、その意識がありました。
なぜ、中学生の頃の私が、「子どもを産みたくない」という風に考えていたのか、ということから書こうと思います。
両親の不仲
まず、一つ目の原因に、両親の不仲があると思います。
父は浮気を頻繁にする男だということを、私は小学生になる前から、母から聞いていました。
中学生の頃、家族の共用のパソコンに、父とその浮気相手の旅行写真(削除し忘れたものと思われる)が入っているのを見たこともあります。
私は毎日のように、母から父の悪口を聞いて育ちました。
また、いとこの親も離婚していたり、近所にも離婚している家庭が複数あったりで、私は、「夫婦仲がよくないのが、普通」というふうにとらえていました。
ですから、小学生の頃から、結婚というものを全く期待していませんでした。
そのため、中学生の頃、自分の将来について考えるときに、「結婚はしない。だから、子どもも産まない」と思っていました。
自己肯定感のなさ、厭世的な気持ち
私は小学4年生の頃から、厭世的な気持ちが強く、日記(学校提出用ではなく、個人的なもの)に「なんで産まれてきたのだろう。人生に意味がないのなら、早く死にたい」などと書いていました。
私は小さい頃から、結構、頭の中がファンタジーな子どもでした。
10歳になれば、魔法学校から手紙が来る。
トトロはどこかにいるに違いない。妖精も絶対いる。
自分は特別な力をもった存在だ。
かなり痛い子どもだったわけですが、そのうち、魔法学校から手紙は来ないことがわかってきます。
ファンタジーやアニメの世界と比べると、自分の生活のなんとつまらないことか。
『耳をすませば』を見ると、あまりの輝かしい青春っぷりに、鬱な気持ちになる人がいるそうですが、それと同じですね。
特別な力をもっているどころか、小学校4年生くらいになって、自分が同級生より劣っているところが気になるようになってきます。
父親似で、容姿が優れない。水泳、なわとびが苦手。漢字の成績が悪い。九九も覚えるのが遅かった。アトピー。体中に消えない傷跡がある。同級生にはないのにニキビがある、などなど。
なかでも、学校での人間関係(先生・同級生)がうまくいかず、おそらくそれが原因で自傷するようになりました。
自分が嫌いなのに、どうして、自分の遺伝子を受け継ぐ子どもを産まないといけないのか。
自分が死んでしまいたいくらいなのに、どうして、新しい生命をつくるのか。
やがて自傷行為はしなくなりましたが、自己肯定感のなさ、厭世的な気持ちは中学生のときも続いていました。
もし、よい環境で育っていれば…
もし、私が育った家庭や学校がよい環境だったら、「子どもを産みたくない」なんて思わなかったのでしょうか。
それはわかりませんが、少なくとも、自分がもっと素直で明るい子に育っていたんじゃないかとは思います。
「子どもはかわいいから、産みたい」みたいな考えの人を見かけると、浅ましい考えだと軽蔑する一方で、きっと自分はあれこれ考えすぎて、損をしているのかもしれないと思うこともあります。
中学生の頃、抱いていた「子どもを産みたくない」という気持ちは、その後も続きました。
そして、その後、さらにいくつかの理由が加わるようになりました。
今、まだ考えを整理しきれていないのですが、「妊娠・出産の一方性」「子育てと仕事の両立の難しさ」「何が産まれてくるかわからない怖さ」「責任・自由・再生産」といったような理由です。
記事が長くなりましたので、「私が子どもを産みたくないと考えていた理由」のつづきは別記事に書こうと思います。
↓つづきの記事です。妊娠・出産は、親のエゴの一方的な行為ではないかということについて書きました。